海の見える町 二人乗りの自転車はタイヤを大きく 凹ませて この町で一番の坂をなんとか 登っていった 汗を拭き息を切らす僕の後ろで君は 何か囁いた 「なんにも聞こえないよ」って僕は 笑ってみせた 濡れ髪が舞って香った太陽の匂いと やけに早い君の鼓動が僕を 焦らせているんだよ ひたすらペダルをぎゅっと漕いだ 振り返る暇もないほど漕いだ そうしなきゃきっと 君に全部ばれちゃいそうで こんな気持ちになるのは恋だ 気付かないフリをしても恋だ 流れる風にスカートが閃き踊った 飛行機雲が青過ぎる空を千切った 二人乗りの自転車はブレーキを 勢いよくかけて この町で一番大きな木の立つ 丘の上で止まった 「ここに来るのも久しぶりだよね あの日した約束憶えてる?」って 君が言ったから首を横に振って 笑った 木漏れ日の下 隣に座る僕の髪に 柔らかく触れたその指が僕を 惑わせているんだよ 見下ろす町の向こう側に広がる 海をただ見つめていた 隣でそっと差し出された手を 感じながら 君の左手が探していた僕の右手は 空を切って 境目のない水平線を指差した 潮風が鳴って二人の想いを運んだ 夕凪の中で二人きり いつまでも景色に囚われた 「帰ろうっか」って君は言って 自転車の後ろに跨った 今ならって何度も心に言い聞かせて 繰り返し唱えた言葉を僕は 言えないでいるんだよ 本当は聞こえていたんだ 君が囁いた言葉全部 悲しい程に素直で真っすぐな 君の気持ち 本当は憶えていたんだ あの日した約束も全部 気付かないフリで 誤摩化しちゃってごめんね ひたすらペダルをぎゅっと漕いだ 坂を転がっていくように漕いだ 伝えなきゃきっと 振り絞るように言葉を紡ぐ 「こんな気持ちになるのは恋だ 君に抱いた想いは恋だ」 最後にやっと囁くように呟いた 君は後ろで 「聞こえないよ」って笑った