私は戦争に反対をすることに 慣れていた。 戦争のトラウマもなく、 戦争に行ったこともないのに 反対をしていた。 銃を人に向けてトリガーを 引いたこともないのに 反対をしていた。 家族が敵か味方に襲われ、 殺されたこともないのに 反対をしていた。 手足が弾片で切り裂かれて 血まみれになることもないのに 反対をしていた。 戦争が何かを理解しないまま 反対をしていた。 戦争が悪いと教えられたから、 反対をしていた。 私は戦争に反対をしていた。 戦争が何かを理解しないまま 反対をしていた。 戦争を知りたくなってきた。 私が味わえるように、 みんなも味わえるように、 ここでもしようか。 「本や新聞で戦争を読んだ、 写真や動画で戦争を見た、 ラジオやポッドキャストで戦争を 聞いた私たち。 展示、バーチャルリアリティ、 教育プログラムを通じて、 戦争を体験しようとさえした 私たち。 戦争のシミュレーションをたくさん 受け入れたから、 戦争を理解していると思った 私たち。 それはそうなのか?」 「平和の中で、 戦争はスポーツやエンタメと、 私たちの関心を奪い合っている。 戦争は今でも間違いなくどこかで 誰かには起きているが、 私たちには起きていない。 私たちは戦争すら 知らない子供たちだ。」