私に名付けられた名前はあまり 好きではなかった。 親は優しい子になってほしいと 願いをこめて付けたそうだが、 私にはその願いは重すぎた。 今、私はすすきのの風俗で 好きでもない人間と セックスをしている。 もちろん、 貴方は私の事が 好きなのかもしれないが、 私は貴方が満たされたなら後は 知らないし、 貴方の私生活も知らない。 これが私の生業だ。 しかし、 朝が来たら 急に憂鬱になるからこの町は 嫌いだ。 夜の魔法が私を蝶にさせる。 朝が来たら私は唯のゴミに集る ハエだ。 名前も知らない貴方と同じで、 私はゴミに集るハエに成り 下がるのだ。 私にもし希望があったなら、 もっと 優しい子になっていたのならば、 今ある現実は 変わっていたのかもしれない。 「お母さん、大学、辞めたよ。」 そんなことを 伝えるだけなのに数時間も 手間どってしまった。 「今、何してんのさ。 大学なんかやめて。」 私にはその先の文章がとても 送れなかった。 とてもソープで働いているなんて 言えない。 これが大学を 辞めてまでしたかったことではない のに。 ソープを辞めてしまえば、 私には何もなくなってしまう。 ソープを辞めて田舎に帰って、 嫌いな父親の顔を毎日観ながら 暮らすのは、 私には吐き気がして無理だった。 父親は私の事を 愛してはいなかった。 私に早く結婚をしなさいと 事あるごとに言ってきた。 それは私にはできなかった。 だって、 私には恋愛感情なんて 無いのだから。 だから、 私はソープで働くしかない。 誰にも好きという感情を 見いだせない人間だ、 私を性の道具として 使ってもらうしかない。 その方が、私は苦しくはないから。 私は貴方には好きの感情は 持てない。 貴方は私の事を 好きでもどうでもいい。 ただ、 貴方が慰められればそれでいい。 父親にはこのことを 伝えられないでいる。 大学を辞めたことも、 ソープで働いていることも、 誰にも恋愛感情を抱けないことも。 「お母さん、私ね、 人を喜ばせる仕事をしてるの、 だから、なんとかなってるよ。」 必死に考えて母にそう伝えた。 人を喜ばせる仕事をしてるの、か。 夕暮れのすすきの、 沈む太陽に向かって飛ぶ蝶と、 そこら辺に捨てられたごみに集る ハエが見えた。 今夜もまた、 私は夜の魔法にかけられて、 綺麗な蝶になる。 好きでもない誰かの心を 満たすため。